百合キチ三平

百合漫画の書評やその他百合コンテンツ評、百合クリエイター評など

あなた好みの百合がきっとある「エクレア」が最高だったので読めください

 

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 発表段階から我々百合豚達の期待を一身に集めたメディアワークスの百合アンソロジー「エクレア あなたに響く百合アンソロジー」がいよいよ発売。

 今までいろんな百合雑誌、アンソロジーが生まれては消えた中で「エクレア」が高い注目を浴びた理由は、やはり電撃大王発の本格百合漫画「やがて君になる」が高い評価をセールスを受けたことにあるでしょう。

 表紙イラストも担当した「やが君」の著者である仲谷鳰先生を筆頭に、数多くの豪華な百合作家の参戦が発表され、こんなに豪華でいいんですかと思いながらも、私の手元に「エクレア」が届いたので早速読ませていただきました。

 わかってはいましたがこのメンツならまあ外さないですよね。いや、予想以上に素晴らしかった。最強の布陣に力と理解のある出版社。

 早速収録された全作品の簡単な概要とオススメポイントを紹介するので、参考にしてもらえれば。

 

 

・仲谷鳰「幸せは傷のかたち」

 先陣切って登場したのは表紙も担当した百合漫画界の新生エース、仲谷鳰先生
 孤独な人を見ると声をかけずにいられない鳥居と、そんな鳥居さんを拒み、孤独の中で美しいピアノの音を奏でる甲斐。冷たくも美しい甲斐さんの「手」にこじらせた思いを馳せる鳥居の思いを中心に描かれる物語の繊細さは「やがて君になる」でも発揮されている仲谷先生の本領発揮。一発目から大満足です。
 本作を読んだあとに背表紙に目を通すとまた最高の味を堪能することが出来ます

 

 

・にしお栞「クリーンルームの涙」

 本作が商業作品デビューとなる新進気鋭の百合作家・にしお栞先生の読切は、女子高生が教室で友人と同性の恋人がキスをしている場面を目撃したことから始まる、三角関係を描いた佳作。
 色香のある描写に少ししんみりするラスト。今後もいろいろな媒体で百合を描いてもらいたいと思える作家です。

 

 

天野しゅにんた「人間的なエモーション」

 アダルトからギャグまで、幅広い作風をたしかな個性とクオリティでしっかり描ききる百合作家・天野しゅにんた先生。収録作は美人で器用な金山さんが、何をさせても不器用な小動物系の同僚・水嶋さんに屈折した感情を抱く短編。
 緩やかに流れる闇の深さに痺れる一本。しゅにんた先生のセンスが光る作品です。

 

 

ハルミチヒロ「intro.」

 美しい画風と色香漂う描写力で高い評価を得て、現在「楽園」などで活躍されている実力派作家・ハルミチヒロ先生が描く年の差百合は、遠い時代を生きた偉人にしか興味を持てないクールな家庭教師と、彼女に惹かれる女子高生の物語。
 自分に興味を持ってもらいたいがために少女が取る行動の大胆さ。画風の好みも相まって、年下攻めが大好きな私も満足の秀作でした。
 

 

・缶乃「無職とJK」

 現代の百合漫画界を牽引するヒット作「あの娘にキスと白百合を」で知られる人気作家・缶乃先生も、タイトルだけでも掴まれてしまいそうな短編でエクレアに登場。
 年上女性をたらしこんでは金銭を得るなかなかのクズな28歳無職の真央と、その真央に惹かれる押せ押せな小金持ち女子高生の羽純。さすがに子供相手では本来のクズもなりを潜める真央と羽純の関係は、どちらが先に折れるかのシーソーゲーム。思わず続きを所望したくなるユニークな快作です。

 

 

伊咲ウタ「かみゆい」

 「現代魔女図鑑」のヒットも記憶に新しい個性派作家・伊咲ウタ先生。収録作に登場するのは、自分のヘアスタイルをいじるのが好きな女子高生・チカが気になるのは、長くて美しい黒髪を持つ同級生の高見さん。
 彼女の髪をいじりたいというチカの欲求が叶えられるシーンの雰囲気は、実質キスだよ!と叫んでしまいそうになる甘美さを備えており、画風の美しさとマッチした目に優しい良作でした。

 

 

天乃咲哉「箱庭のアリス」

 現在連載中の「このはな奇譚」を始め、多くの作品を残している天乃咲哉先生が「エクレア」で描くのは、中性的な世界観を舞台にした、妾腹の子である少女とその面倒を見るメイドの物語。
 不器用ゆえに衝突もあるものの、たしかな信頼に基づいた二人の関係は、お嬢様とメイドの関係を通り越した強さを感じさせてくれます。キャラがかわいいのも見所のひとつ。

 

 

・めきめき「1/365のご主人様」

 今年刊行された「オンリー☆ユー ~あなたと私のふたりぼっち計画~」で良質な本格百合を提供してくれためきめき先生
 誕生日プレゼントとして1日だけ、ご主人様と召使になった女子高生二人のエピソードは、可愛い画風や少しの色気もあって短いページ数ながらもしっかり楽しませてくれます。で、続きは? 早くしろ風邪引くだろ!

 

 

・カボちゃ「2年と11ヶ月」

 電撃大王新人発掘プロジェクトにて佳作を受賞。期待の新人・カボちゃ先生が描くのは、高校に入って距離が生じた幼馴染の少女二人の物語。お互いに惹かれ合いながらも距離を作らなければいけない理由、その中における二人の約束と時間の儚さ。
 限られた青春の中で慈しみ合う二人の切なさを上手に描ききった本作。今後の活躍に大いに期待したい新人の登場です。

 

 

・唯野影吉「GAME OVER」

 濃厚かつ独創的な同人作品で高い人気を誇る唯野影吉先生。今作もまた、「滅亡した世界を歩く二人の女子高生」という大胆な設定で攻めてきます。
 分かる人には分かる笑いどころや大胆な言葉選びなど、しっかりと個性を差し出しながらも百合作品としての強度も高レベルの逸品。今度はどんな手で私達を楽しませてくれるのか非常に待ち遠しいところ。
 

 

・川浪いずみ「私のかわいいクソ女」

 第22回電撃大賞において選考委員奨励賞を受賞した新人作家・川浪いずみ先生。受賞作である本作は、互いに彼氏を持ちながら一緒に暮らす二人の女性を描いています。猫のように自由で欲深く貞操観念が低いれいちゃんと、そんなれいちゃんを特別な視線で見つめ思いを馳せるかよちゃん。
 少し屈折した二人の心の通じ合いが、良質な大人の百合の味わいを教えてくれます。こちらもまた、今後の活躍に期待が持てる大型新人の予感。最近の電撃は本当にいい仕事をしますねえ……。

 

 

・結川カズノ「雑草譚」

 その高い画力で主にライトノベルのイラストなどを担当しているイラストレーター・結川カズノ先生が描くのはなんと小学生百合。クラスの人気者のひな、その友達であり独占欲を持つあざみ、そして転校生の物静かな少女ましろ。「特別な関係」がやがてこじれていく様を巧みに描いています。
 子供同士の百合とはいえ、いや子供同士だからこそ象られる複雑な三角関係。イラストのみならず漫画力の高さも備え持つ作者のポテンシャルを感じられる一作です。

 

 

・北尾タキ「二人で林檎を」

 安定したクオリティを生み出し続け百合同人界で絶大な支持を得る北尾タキ先生は今作も高水準の百合を提供してくれました。好きな男ができるたびに「勝負料理」を習いに来る幼馴染のめぐるに、複雑な思いで料理を教える松子。そんな二人の関係性をそわそわしながら読む楽しさ。
 短いながらも読後の幸福感まで、美味しくお腹いっぱい味わえる本作。安心して読みましょう。

 

 

・伊藤ハチ「うさぎのベルとオオカミさん

 「小百合さんの妹は天使」のヒットを皮切りに独特のフェチズムとエネルギーで活動する百合漫画界のファンタジスタ伊藤ハチ先生の作品は、これまた伊藤ハチ先生の濃密な個性である「ケモ耳」「おねロリ」が如何なく発揮された秀作。
 森の奥にある小さな喫茶店を営むウサ耳少女のベルと、そこに訪れたオオカミのお姉さん。お姉さんが食べた美味を二人で求めて森をさまよう本作は、ファンシーな世界観の中にしっかりと示されるハチ先生の技量。期待通り、いや期待以上のクオリティを堪能できます。

 

 

・タカダフミ子「君のジンクス」

 「同居人が不安定でして」が現在大きな話題を読んでいる最注目株・タカダフミ子先生も「エクレア」に参戦。
 突然同級生の見知らぬ女の子から「あなたの子供ができた」と告げられることから始まる物語。スタートから最高速度の本作はそのままジェットコースターのようにラストまで百合の味わいを楽しめる小品。

 

 

平尾アウリ「私のアイドル」

 豪華短編集のトリを飾るのは不朽の名作「まんがの作り方」、そして現在は「推し武道」が話題を集め、百合漫画界で唯一無二の存在感を放つ最強の曲者・平尾アウリ先生。この方を〆に持ってくるあたり、本著のオーラが独特であることがわかります。
 「推し武道」と同じくアイドルにスポットを当てた本作。わずかなページ数のなかに百合のパワーもさることながら問答無用の平尾アウリ力(ぢから)もしっかり流れているカオスな一作。迷ったら負けです。読みましょう。

 

 

  ご覧のように本作は非常にバラエティに富んだ内容になっており、初心者はもちろん上級者も恵比寿顔の一冊となっています。また本著のキャッチコピーが「あなたに響く百合アンソロジー」とされているように、どれかひとつは必ず、自分の心にガツンと響いてくる作品があるはずです。
 少しでも百合に興味がある人は迷わず買いましょう。ちなみに「やがて君になる」の3巻も同時発売です。これ、一冊で終わりじゃないですよね。続刊が出ますよね。絶対ですよね? たのんだぞ電撃!

 

エクレア あなたに響く百合アンソロジー

エクレア あなたに響く百合アンソロジー

 

 

近距離×近距離=もどかしい距離。竹宮ジン『恋愛ログ』

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こういう人におすすめ

・近いのに遠い百合を楽しみたい人
・甘さの中の苦酸っぱい百合を楽しみたい人

・アンタ見てるとムラムラする百合を読みたい人

 この距離感が味わい深い2016

 百合作家の中には同人誌活動をしている方が非常に多く、そのためか近年の百合姫コミックスでは、同人誌で発表された作品を集めて収録した単行本が多く刊行されています。商業とはまた違う表現を試せる同人の世界では、各作家の個性が十二分に発揮されているものです。

 百合姫の常連作家・竹宮ジン先生の新刊『恋愛ログ』はそんな先生の近年の同人誌からセレクトされた佳作を集めた短編集。本書もまた、女性同士の恋愛における気持ちの在り様をリアルに描き、どこか残る幼さを引き連れながらも大人の香りを所々にまとわせる、竹宮ジン先生の魅力を楽しめる一冊になっています。

 表紙にもなっている収録作『お隣さん』はコンビニ店員の瑞希が、自宅の隣に住んでいる女性・山口さんが女性と付き合っているところを目撃したことから始まる交流を描いています。同じ食卓を囲んでいるうちに、瑞希は村田さんに惹かれるようになりーー実は同人誌ですでに読んでいる作品なのですが、私的には特に好きな作品だったので今回の収録は嬉しい限り。

 この他、友人に対し抱いている劣情を本人にカミングアウトするところから始まる、タイトルがダイレクトな短編『アンタ見てるとムラムラすんだけど』、パティシエと憧れのケーキ屋で働きたい女の子の出会いを描くchocolat orange』、突然来訪した昔の恋人との一夜を切なく記した君恋し唄』など、エロス、甘さ、哀愁と様々な味わいを楽しむことができます。

 単行本の帯に書かれた「近いけど触れない、私たちのキョリ」というフレーズが指し示すように、本作からはキャラクター同士の「距離」が持つもどかしさ、喜び、切なさを味わうことが出来ます。先述の『お隣さん』は隣同士に暮らし、共に食卓を囲むまでに近付きながら、想いがすれ違う二人の距離を描き、『アンタ見てるとムラムラするんだけど』は自分の/相手の感情をなかなか飲み込めない二人の距離、そして何よりも遠い距離が描かれた『君恋し唄』など、キャラの個性も距離の在り方もそれぞれ異なりながら、近くて遠い二人の姿を巧みに紡ぐ。このあたりの距離感の描写などは先生の確かな技量が光るところ。それらを飲み込んだうえでもう一度表紙を眺めると、その魅力にいま一度気づくことが出来ます。本書のページをめくり終えたあとも、カバー裏を覗けばおいしいおまけが。

 先日、年末にきたる冬コミの当落発表が行われ、多くの百合作家の当選が発表される中、竹宮ジン先生も当選の模様。真冬のビッグサイトでどれだけ多くの魅力的な百合作品が発表されるのか今から楽しみです。ちなみに関係ありませんが私も当選しています。

恋愛ログ (百合姫コミックス)

恋愛ログ (百合姫コミックス)

 

 

「百合の世界入門」が良書だったので読んでほしいの

 

 玄光社から10/18に発売されるムック「百合の世界入門」にて少しばかし寄稿させていただきました。

 

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 この「百合の世界入門」はジャンル別に140冊以上の百合漫画を紹介した、いわば百合漫画の入門書のような本であり、百合漫画紹介以外にも、人気の百合漫画家による描き下ろしイラストやインタビューなどのコーナーを取り揃えた百合厨垂涎の一冊となっております。

 私が筆を寄せたのは百合愛好家によるテーマ別百合漫画ランキングのコーナーです。依頼をいただけたのも本家ブログにて年に一度、百合漫画ランキングを更新していることがきっかけであり、あの記事を書くようになって以降、おかげ様で色々とお声がけをいただくようになったのですが、まあそれはさておき。

 この「百合の世界入門」ですよ。

 

 絶対……多くの人に読んでほしい!

 

 正直、依頼を受けた段階では「本の趣旨はいいけど半端な内容だったらイヤだな」と思っていたのです。そこはうるさいオタクにありがちなやつなのですが、やはり「最近百合の市場が広がってきたからとりあえず手を付けとくか」的な代物である可能性を疑わずにはいられないのが悪いオタクの性分。実際、百合業界においてはそういったコンテンツを腐るほど目にしては枕を涙で濡らしてきたわけで……。

 ところがいざムックの内容が公開されると「あれ、これもしかしてかなりガチ……」と認識を揺さぶられ、16日に届いた献本を読んで納得。読みはじめて数ページで「あっ、強い」と確信。密度は濃厚、愛情は豊穣、百合初心者はもちろん百合マニアにとっても読み応え学び応え満載の一冊に仕上がっていました。

 読んでいてとても心地が良かったんですね。それもそのはず、これは単に百合漫画のあらすじを羅列しただけのようなムックではなく、冒頭の「はじめに」の文章からインタビュー内容はもちろん細部に至るまで「百合が好きな人達の言葉」で構成された一冊だったからです。

 肝心の漫画紹介は私自身読みこぼしていた、捉え損じていた作品も何冊かあったり、また読んだことがある作品でもまた読み返したくなるような内容であったりと、百合漫画の知識補完としてはもちろん、記事を書く側の身にも非常に勉強になりました。また、ジャンル別に丁寧に紹介されているので、どんな作品から手を付ければいいかわからないという初心者にこそオススメしたい仕様です。「これは!」と思うような作品が見つかるかもしれません。

 ニューカマーからベテランまで、現在の百合漫画界をリードする五人の漫画家仲谷鳰先生、缶乃先生、くずしろ先生、森永みるく先生、玄鉄絢先生)の描き下ろしイラストとそのメイキング、それからクリエイター像がよくわかるインタビューなど、このインタビューが百合オタクにはまた必読と言える内容ばかりなのですが、ここで仔細には触れないでおきます。目の保養待ったなしな描き下ろしイラストの数々も、細かい描写に作者のこだわりが伺えて熱いですよ。

 百合好き声優として知られる橘田いずみによる「表紙が良かった百合漫画ベスト5」も、おもわず頷くところが多いうえ、橘田氏のただならぬこだわりが見えてこれもまた味わい深い。

 とにかく、百合漫画なんて読んだことない、という人から、百合漫画なぞ片っ端から読みちらしたといううるさ型まで、誰が読んでも楽しめて、実用性に富んだ一冊となっております。

 この本が売れることでさらに百合市場が開拓される。私はそれを強く望んでなりません。

 買おう!コミックビーム

 

百合の世界入門

百合の世界入門