百合キチ三平

百合漫画の書評やその他百合コンテンツ評、百合クリエイター評など

「百合展2017」最遅レポート

 

 先月の3月17日~26日にかけて池袋マルイ7F催事スペースで開催された「百合展2017」の作品展示イベント、私は26日の最終日にお邪魔しました。

 

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百合展メインビジュアル

 

「百合展」とは全国のヴィレッジヴァンガードにて業界を横断して開催される、百合をテーマにした作品のグッズなどの販売イベントや作品展示イベントなど諸々。

 昨年、池袋マルイで初開催された作品展示の際は、ワンフロアの一部分でひっそりと行われていたこのイベント、2年連続2回目の開催となった今年は前回よりも規模が拡大しており、百合の定着と市場の広がりを感じずにはいられないものとなりました。

 それを如実に示すのが参加クリエイターの増加。去年は前回から引き続きの参加になる「やがて君になる」の仲谷先生を始め、今回からの参入となる「2DK、Gペン、目覚まし時計。」の大沢やよい先生や「ななしのアステリズム」の小林キナ先生など、百合漫画界の第一線を走る漫画家陣が15名、さらに写真家3名を加えた計18名のクリエイター達の魅力的な作品が「百合展」を彩りました。

 

 

 百合厨にはもうお馴染み、新社会人達のマストアイテムに相応しいルー子さんのモバイルバッテリー他、缶バッジやスマホケース、トートバッグにTシャツなど、人気百合漫画達の実用性バッチリなグッズが販売されていました。

 男性の参加者が比較的目立つ中、もちろん女性達の姿もあり。会場には参加クリエイター達の複製原画も多数展示されており、自分の知らなかった作品の魅力も伺い知れ、新たな作品との出会いも生み出しています。私の同行者は伊藤ハチ先生の「月が綺麗ですね」に興味を持ったようです。

 

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マネキンに着せて飾ってもよしの「柚子森さん」Tシャツ

 

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「ガレット」作家陣からの描き下ろしイラストも。

 

 

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百乃モト先生の描き下ろし色紙。

 

 

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「ふたりべや」の雪子先生はじめ、豪華なスケブの展示。

 

 百合厨はもちろん、百合に詳しくない人もその魅力に触れることができるとても濃厚なイベントでした。また、漫画家達の作品のみならず、写真家の作品も百合の秘める色っぽさや儚さ、情緒を切り取った一枚が多く、こちらも目に優しい作品ばかり。

 希望をあげるとすれば次回からは映像作品を写真のみならず、ドラマや映画、アニメーションなどにも広げてもらい、さらなるジャンルの拡充を目指してもらいたいものです。

 今回は東京のみではなく大阪の梅田ロフトでも開催中。4/9までとなっているので、関西勢の百合厨は笹を食っている場合ではありません。

 先述のように前年と比べて規模を拡大したこのイベント。この勢いでどんどんスケールを広げていき、10年後の「百合展2027」は東京ドームあたりで開催されていることを望んでやみませんね。

 

 

恋も2度目なら……ハッピーエンドしか想像できない「明るい記憶喪失」

 

 

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 恋心も下心も、自分の気持ちに正直な女性が主に描かれる良質なオリジナル百合を多く発表し、ツイッターを始め、ネット上で絶大な支持を受ける百合漫画家の奥たまむし先生の新刊「明るい記憶喪失」の1巻が発売されました。

 

 

 昨年の3月に投稿されたこのツイートをきっかけに商業媒体での連載まで進み、わずか1年で単行本の刊行まで流れていった本作は、純度100%混じりっけなしの「恋愛感情」を拝むことのできるコメディタッチの良作百合。

 3年分の記憶を喪失してしまったアリサが病院で目を覚ますと、傍らにいたのは同棲中の恋人のマリ。アリサはマリとの日々を全く思い出せないものの、一目見た瞬間からマリに惚れてしまい……という本作。

「パートナーと恋をもう一度やり直す」というのは恋愛作品における定番のテーマでもありますが、本作はその中においてもかなりのイレギュラー。アリサのとにかくハイパーポジティブな性格が物語の核となっており、タイトルの通り、マリさんを愛する気持ち、恋人であるという喜びが記憶喪失の悲しみや不安を軽々と吹き飛ばし、悲壮感はほとんどゼロ。記憶がないながらもそれなりに日常や恋愛を楽しくやれてしまっているのです。

 パッと見はマリさんがアリサをリードする側に見える二人ですが、実はマリさんが心配性で不安を取り除くためにアリサにハグをしてもらったり、(アリサの記憶からは失われているものの)夜はアリサがリードする側だったりと、アリサが自分好みの下着をマリに着せたり、そもそも二人の交際自体アリサからのアプローチがきっかけだったりと、そこは常時恋愛感情が剥き出しであり、かつ底抜けに明るいアリサの性格が手伝って、全体的にはアリサが二人の関係を牽引する立場になっています。その辺のギャップも百合厨には美味しいところ。

 いざ、自分が記憶を失ったとしても、もう一度恋人と向き合ったときに、以前のような恋愛感情を抱くことができるかどうか、というのはなかなか難しい話題です。実際に恋人と話し合うにはまずもって地雷でしかないテーマかもしれません。

 そんなテーマにおいて純度100%の恋愛感情をぶつけ、受け止め、困難を困難とも思わないアリサと、それを受けとめるマリさんの関係性を描いた本作は、恋愛感情の理屈の無さを真正面から肯定する本作は、読む者を幸せの渦に巻き込む強烈なエネルギーを宿しています。「自分の恋愛感情に正直な女性(ただし百合に限る)」を描かせたら右に出る者がいない奥たまむし先生の本領がフルパワーで発揮されており、今後アリサの記憶が戻るにしても戻らないにしてもハッピーエンドしか想像できない本作の今後を期待しましょう。

 

 

クラウドファンディングで育つ本格百合漫画誌「ガレット」が良い

 

 

 数々の百合漫画誌が休刊の憂き目にあった冬の時代を乗り越え、コミック百合姫の月刊化や「やが君」「citrus」のヒットなど、百合市場が活性化されてきたのを感じるこの頃。とはいえ先日、某人気百合漫画の打ち切りが発表されたりと、まだまだ油断できないのがこの業界。

 そんな中で先のコミティアで創刊号が刊行された百合漫画誌「ガレット」は、同人媒体の自主制作誌でありながら、その作家陣もさることながら品質のほうも、商業顔負けのクオリティを持った期待の百合漫画誌です。

 

galetteweb.com

 

 百合ヲタ声優としても知られる橘田いずみさんが原作を務め、作画を人気百合漫画家の百乃モト先生が担った連載作品を始め、参加クリエイターには竹宮ジン先生、天野しゅにんた先生、袴田めら先生、四ツ原フリコ先生、大朋めがね先生他、錚々たる面々。

 これだけの豪華なメンバーとなると、予算が大変なのではないか……と思ってしまうものですが、この「ガレット」が他の百合同人アンソロジーと決定的に違うのは、クラウドファンディングサイトによって制作費の支援を受けているところです。月額制のクリエイター支援用クラウドファンディングサイト「Enty」にて月100円のコースから支援を募っています。

「こんなにお金出してるのになんですぐ百合漫画誌死んでしまうん……?」と思い続けてきた百合ヲタ達は要注目。もちろん支援者へのリターンもあるので、気になる方は下記のリンクからチェックしましょう。

 

enty.jp

 

 クラウドファンディングによって作られて花開いた創作コンテンツといえば、現在大ヒット中の映画「この世界の片隅に」が記憶に新しいところですが、かねてより「同人作品だって有志から制作費を募っていいじゃないか」と思っており、実際自分でも行ったこともある私にとっても、こういった形で良質な同人作品に商品代金以上の経済的支援ができるのはありがたい限り。

 すでに5月の第二号発刊に向けての予告もされており、そこには百合漫画界の絶対王者森永みるく先生と、数々の名作百合を残して熱い支持を受けながらここ数年、百合漫画界であまり姿をお見かけしなかったあの乙ひより先生がW新連載をスタートするという、盆と正月が一緒に来たようなおめでたさ。特に乙先生の本格百合作品のカムバックには、運営のガレットワークス様に感謝の言葉しか出てきません。

 ここで「ガレット」創刊号の内容を漫画限定で一作ずつ、ネタバレ無しで軽くレビュー(敬称略)。

 

・百乃モト×橘田いずみ『リバティ』

 連載。毎日にマンネリを感じていたイケメン女子の真生が小悪魔風の女性と不思議な出会いをする第一話。まだ触りだけのエピソードなのですが、モト先生のタッチが小悪魔女性の魅力を濃縮に表現しており、今後の展開に期待できます。

 

袴田めら『ふわふわ・ふたしか・夢みたい』

 連載。少し意地悪な先輩から勉強を教わる後輩の話であり、ここからどう話を広げるのか想像できないところですが、大貫先輩の意地悪に後輩が振り回される、コメディタッチの展開となるのかもしれません。

 

・浜野りんご『CottonCandy』

 前後編の前篇。通学のバスでいつも一緒になる少女のひなこが気になる美似。ひょんなことから距離が縮まる二人の姿と美似の感情の機微を、定番の設定ながら独自のやわらかいタッチで丁寧に描いています。

 

・菅田うり『ゆるりふわり~ゆめのなか~』

 読切。付き合って三ヶ月になる女子高生カップルのお泊りの様子を、少しアダルトかつポップに描いている本作は、作風の可愛さもあいまってとても胸が弾むような感覚で読むことが出来ます。

 

天野しゅにんた『冬馬くん』

 読切。女子校で「みんなの彼氏」と呼ばれている人気者のイケメン女子・冬馬に、地味であることに苦しんでいる女子高生の華恋にある「きもちいいこと」をしてしまうこの作品。話の面白さはもちろん作者ならではの女子の胆力も味わえる一作です。

 

・明日部結衣『あのこの花がほしい』

 読切。人見知りな性格の春子は、正反対の性格を持った唯一の友達である夏希が先輩に告白している場面を見かけたことで自分の気持ちに気づき……という作品。ストレートな題材ではあるのですが、安定感に満ちた作品です。

 

・寄田みゆき『ピリアーとエロスのあいだ』

 連載。恋多きクラスメートのニカに片思いしているくるみは、あることがきっかけでその想いがニカにバレてしまい、そこからくるみの不毛な恋が始まるのですが、雰囲気的にこのままドロっとした方向に行ってしまうのか気になるところ。

 

・竹宮ジン『八重桜シンパシー』

 前後編の前編。小さい頃にヤンキーのお姉さん・八重に助けてもらった桜は、憧れの八重に会うためヤンキーとなり、八重が教師として働く高校に入学するものの……という本作。ラスト、後編への意外なつなぎに、教師×生徒好きとしても期待大です。

 

四ツ原フリコ『セックスしないと出られない百合』

 読切。百合厨の腐女子に「セックスしないと出られない部屋」に閉じ込められた幼馴染同士の女子二人を描いた作品。ド直球のタイトルと設定を楽しんでいたら、不意打ちのように叩きつけられる強烈な萌えの連発に、短いながら満腹感を味わえる一本です。

 

大朋めがね『視線』

 読切。孤立しがちなアオと彼女に片思いしている人気者のみゆ。中学時代のあることをきっかけにアオの機嫌を損ね、微妙な距離が生まれてしまった二人なのですが、その距離感や感情を視線に託して描いた本作は本著に於いて独自の世界観を放っています。

 

・やとさきはる『二人のアルカディア

 前後編の前編。自室を自分だけの楽園と呼んでいる女子大生の琴子は、合コンで出会った美女のつつじのことが気になり、ついには自分の部屋に招き入れ……といった作品なのですが、ドロドロにしてもハッピーにしても、どういう着地をするのか気になります。

 

・宇野ジニア『もくようび』

 読切。長年片思いしていた友人が結婚することになり、彼女のためにウェディングドレスを編むことになった女性の気持ちを描いている本作。せつなさと苦しみを残すシナリオながら、丁寧に編まれた作風でとても楽しめました。

 

 一読した感想としては刊行ペースも含め往年の百合姫を感覚を彷彿とさせる作品群となっており、路線の大きく変わった百合姫の、ある種では後継といえる本になりそうです。

 なお先行発売はコミティアではあるのですが、本日からネットや一部書店で一般発売が開始されました。比較的お手頃な価格の電子書籍版もあるので気になる方はチェックしてみてください。第二号の発売が今から待ち遠しいものです。

 

ガレット創刊号

ガレット創刊号