百合キチ三平

百合漫画の書評やその他百合コンテンツ評、百合クリエイター評など

大人の恋愛はややこしいほど魅力的『不条理なあたし達』

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 先日、引っ越しに伴って押し入れの奥にある段ボール箱の中に眠っている大量の同人誌(九割以上が百合)を整理していて気付いたのですが、私が最も同人誌を所有している作家は竹宮ジン先生なのです。
 同人と商業を両立させた上で双方の新刊の刊行ペースを考えると、ジン先生の百合に対する創作意欲と執筆ペースは百合漫画界でもトップクラスであることはまず疑いようがありません。学生百合から社会人百合まで幅広く扱い、それでいて高い品質を安定してキープできる才能には畏敬の念すら抱きます。
 先月刊行されたジン先生の新刊単行本『不条理なあたし達』はそんな作者の魅力が十二分に詰まった社会人百合作品です。

 

 仕事をテキパキとこなす優秀かつクールなOLの山中は、ビジネスの場で幾度も顔を突き合わせる商売相手でもある得意先の社長令嬢とベッドを共にしたりするなど、少しクセのあるレズビアン。そんな彼女の職場に新しく入社してきた後輩のゆるふわ系美女・種田から、山中の行きつけのビアンバーへと飲みに誘われたことにより、二人の関係が単なる先輩と後輩の構図から動き出します。
 幾度もベッドを共にしている相手から、事後に男との婚約を聞かされても冷めた対応で済ませる山中、そんな山中に怪しい笑みを携えて近づく種田。二人の成年女性の関係がやがて恋へと発展していくとき、そこにどんな駆け引きが生まれていくのか。

 

 「不条理」とは一般的に「物事の道理が合わないこと」を意味します。人間の複雑な心の内を掘り下げるほど、ドラマは調和や都合というものから切り離されていくものかもしれません。
 大人同士、同性同士、同じ職場の先輩と後輩……互いの見えない腹を探るように進む、ただでさえ一癖も二癖もある二人の関係を掘り下げた本作も、また不条理を掲げ、不条理に踊らされる恋愛模様を記しています。終盤、種田が山中に対して複雑な笑みを含んで口にする「人の気も知らないで…」と口にする場面は、本作の持つ魅力を強く噛みしめることのできるシーンでした。
 
 竹宮ジン先生の作品では時折ビアンバーが登場し、キャラクターの人となりを現したりはもちろん、物語の演出や潤滑油として大きな機能を果たすことがありますが、本作に於いてもキャラクター達の入り組んだ心理や関係性を整える重要な道具立てになっています。
 冷めてはいるけれど乾いてはいない、単純そうでややこしい、そんな関係が記されているからこそ、ラストの展開が持つ一種の爽やかさをより大きなものにしているのかもしれません。
 会人百合の魅力といえば「大人ならではのもどかしさ、ややこしさ」もそのひとつですが、そういった意味では本作はその要素もたっぷりと味わうことができ、噛みごたえのある大人の百合を味わいたい人にはうってつけの一冊でしょう。

 

不条理なあたし達

不条理なあたし達