百合キチ三平

百合漫画の書評やその他百合コンテンツ評、百合クリエイター評など

近距離×近距離=もどかしい距離。竹宮ジン『恋愛ログ』

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こういう人におすすめ

・近いのに遠い百合を楽しみたい人
・甘さの中の苦酸っぱい百合を楽しみたい人

・アンタ見てるとムラムラする百合を読みたい人

 この距離感が味わい深い2016

 百合作家の中には同人誌活動をしている方が非常に多く、そのためか近年の百合姫コミックスでは、同人誌で発表された作品を集めて収録した単行本が多く刊行されています。商業とはまた違う表現を試せる同人の世界では、各作家の個性が十二分に発揮されているものです。

 百合姫の常連作家・竹宮ジン先生の新刊『恋愛ログ』はそんな先生の近年の同人誌からセレクトされた佳作を集めた短編集。本書もまた、女性同士の恋愛における気持ちの在り様をリアルに描き、どこか残る幼さを引き連れながらも大人の香りを所々にまとわせる、竹宮ジン先生の魅力を楽しめる一冊になっています。

 表紙にもなっている収録作『お隣さん』はコンビニ店員の瑞希が、自宅の隣に住んでいる女性・山口さんが女性と付き合っているところを目撃したことから始まる交流を描いています。同じ食卓を囲んでいるうちに、瑞希は村田さんに惹かれるようになりーー実は同人誌ですでに読んでいる作品なのですが、私的には特に好きな作品だったので今回の収録は嬉しい限り。

 この他、友人に対し抱いている劣情を本人にカミングアウトするところから始まる、タイトルがダイレクトな短編『アンタ見てるとムラムラすんだけど』、パティシエと憧れのケーキ屋で働きたい女の子の出会いを描くchocolat orange』、突然来訪した昔の恋人との一夜を切なく記した君恋し唄』など、エロス、甘さ、哀愁と様々な味わいを楽しむことができます。

 単行本の帯に書かれた「近いけど触れない、私たちのキョリ」というフレーズが指し示すように、本作からはキャラクター同士の「距離」が持つもどかしさ、喜び、切なさを味わうことが出来ます。先述の『お隣さん』は隣同士に暮らし、共に食卓を囲むまでに近付きながら、想いがすれ違う二人の距離を描き、『アンタ見てるとムラムラするんだけど』は自分の/相手の感情をなかなか飲み込めない二人の距離、そして何よりも遠い距離が描かれた『君恋し唄』など、キャラの個性も距離の在り方もそれぞれ異なりながら、近くて遠い二人の姿を巧みに紡ぐ。このあたりの距離感の描写などは先生の確かな技量が光るところ。それらを飲み込んだうえでもう一度表紙を眺めると、その魅力にいま一度気づくことが出来ます。本書のページをめくり終えたあとも、カバー裏を覗けばおいしいおまけが。

 先日、年末にきたる冬コミの当落発表が行われ、多くの百合作家の当選が発表される中、竹宮ジン先生も当選の模様。真冬のビッグサイトでどれだけ多くの魅力的な百合作品が発表されるのか今から楽しみです。ちなみに関係ありませんが私も当選しています。

恋愛ログ (百合姫コミックス)

恋愛ログ (百合姫コミックス)

 

 

「百合の世界入門」が良書だったので読んでほしいの

 

 玄光社から10/18に発売されるムック「百合の世界入門」にて少しばかし寄稿させていただきました。

 

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 この「百合の世界入門」はジャンル別に140冊以上の百合漫画を紹介した、いわば百合漫画の入門書のような本であり、百合漫画紹介以外にも、人気の百合漫画家による描き下ろしイラストやインタビューなどのコーナーを取り揃えた百合厨垂涎の一冊となっております。

 私が筆を寄せたのは百合愛好家によるテーマ別百合漫画ランキングのコーナーです。依頼をいただけたのも本家ブログにて年に一度、百合漫画ランキングを更新していることがきっかけであり、あの記事を書くようになって以降、おかげ様で色々とお声がけをいただくようになったのですが、まあそれはさておき。

 この「百合の世界入門」ですよ。

 

 絶対……多くの人に読んでほしい!

 

 正直、依頼を受けた段階では「本の趣旨はいいけど半端な内容だったらイヤだな」と思っていたのです。そこはうるさいオタクにありがちなやつなのですが、やはり「最近百合の市場が広がってきたからとりあえず手を付けとくか」的な代物である可能性を疑わずにはいられないのが悪いオタクの性分。実際、百合業界においてはそういったコンテンツを腐るほど目にしては枕を涙で濡らしてきたわけで……。

 ところがいざムックの内容が公開されると「あれ、これもしかしてかなりガチ……」と認識を揺さぶられ、16日に届いた献本を読んで納得。読みはじめて数ページで「あっ、強い」と確信。密度は濃厚、愛情は豊穣、百合初心者はもちろん百合マニアにとっても読み応え学び応え満載の一冊に仕上がっていました。

 読んでいてとても心地が良かったんですね。それもそのはず、これは単に百合漫画のあらすじを羅列しただけのようなムックではなく、冒頭の「はじめに」の文章からインタビュー内容はもちろん細部に至るまで「百合が好きな人達の言葉」で構成された一冊だったからです。

 肝心の漫画紹介は私自身読みこぼしていた、捉え損じていた作品も何冊かあったり、また読んだことがある作品でもまた読み返したくなるような内容であったりと、百合漫画の知識補完としてはもちろん、記事を書く側の身にも非常に勉強になりました。また、ジャンル別に丁寧に紹介されているので、どんな作品から手を付ければいいかわからないという初心者にこそオススメしたい仕様です。「これは!」と思うような作品が見つかるかもしれません。

 ニューカマーからベテランまで、現在の百合漫画界をリードする五人の漫画家仲谷鳰先生、缶乃先生、くずしろ先生、森永みるく先生、玄鉄絢先生)の描き下ろしイラストとそのメイキング、それからクリエイター像がよくわかるインタビューなど、このインタビューが百合オタクにはまた必読と言える内容ばかりなのですが、ここで仔細には触れないでおきます。目の保養待ったなしな描き下ろしイラストの数々も、細かい描写に作者のこだわりが伺えて熱いですよ。

 百合好き声優として知られる橘田いずみによる「表紙が良かった百合漫画ベスト5」も、おもわず頷くところが多いうえ、橘田氏のただならぬこだわりが見えてこれもまた味わい深い。

 とにかく、百合漫画なんて読んだことない、という人から、百合漫画なぞ片っ端から読みちらしたといううるさ型まで、誰が読んでも楽しめて、実用性に富んだ一冊となっております。

 この本が売れることでさらに百合市場が開拓される。私はそれを強く望んでなりません。

 買おう!コミックビーム

 

百合の世界入門

百合の世界入門

 

 

先輩OL×後輩OL=制服プレイ。トクヲツム『終電で帰さない、たった1つの方法』

 

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こういう人におすすめ

・成人女性の初々しい百合を読みたい人
・大人同士の制服プレイが読みたい人
・料理中に台所で致したので夜ご飯がカップ麺になる人

 

社会人百合の入り口にもうってつけ

 百合文化の浸透もだいぶ落ち着き、今は受け手のニーズに適う設定や嗜好の細分化が進むステージへきたところ。私としても今年は「社会人百合」の普及に努めるべく切磋琢磨しているところなのですが、そんな中に於いて非常に良いタイミングでリリースされた本書は「社会人百合の魅力を知りたいならこれ読みなよ」と手渡すにはうってつけの作品です。

 作者のトクヲツム先生がネット上に掲載した作品を一冊にまとめ、OL同士のカップル、恋愛慣れしていない女性と彼女にベタ惚れの女性、大学の先輩後輩、学生と予備校教師の関係を描いた短編集である本作。収録作はいずれも秀作揃いなのですが熱い読みどころはやはり、本書の半分以上のページ数が割かれたOL同士の社会人百合でしょう。

 自分の教育係を務めた先輩OLの彩夏が転職することを機に告白し、見事付き合うことになった新入社員の菜々子。同性との恋愛経験が無い彩夏にとって菜々子との交際は、ときにお互いの名前を呼び合うことにすら緊張するほど、まるで高校生の恋愛のように初々しく、一方でやはり大人の恋愛。身体を重ね合うときに恥じらいながら高校時代の制服を着せるプレイに興じるなど、社会人百合ならではの滑稽味ある描写も見所。

 読んでいてただただ悶えるような場面のみならず、付き合いはじめて間もないころの菜々子と抱き合う瞬間の彩夏が、相手に対し残酷だとわかっていながらも「この娘が男の子だったらよかったのに」と思ったり、恋愛慣れしていない女性・吉田さんが同性と付き合う自身の恋愛や交際相手のハナエさんに対する感情に懸念を抱くようになったりと、キャラクター達が心の中に抱く不安の陰と向き合う姿もあり。

 その不安の中を進んでいく中で見出していく、相手に対する自分の本当の気持ちや感情、それらの描写がキャラクターの想いに深みを与えて、非常に読み応えのある作品となっています。私的にもお気に入りの場面がとても多い作品ではあるのですが、菜々子の過去の恋愛を訊ねてヤキモチを焼く彩夏と、そのヤキモチを喜ぶ菜々子、そこからの流れ……にはニヤつきも止まりません。

 収録作の詳しい内容は、ネット上での掲載分である程度チェックすることができるので、気になる方はトクヲツム先生のpixivリンクからどうぞ。

 

終電で帰さない、たった1つの方法 (百合姫コミックス)

終電で帰さない、たった1つの方法 (百合姫コミックス)

 

 

作者トクヲツム先生に関するリンクはこちら。
トクヲツム (@tokuwotsumu_) | Twitter
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