百合キチ三平

百合漫画の書評やその他百合コンテンツ評、百合クリエイター評など

どこを読んでも萌えられる百合の展覧会ーー『百合百景』

 

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 表現の多様化や同性愛表現の一般化が進みつつある中で「百合には葛藤が必要だ」という言説は昨今古びたものになりつつあるのですが、SNSの定着に伴いありきたりな文脈の存在を超越したパンチ力のある萌え表現がさらなる価値を獲得していく現代において、はちこ先生の『百合百景』はまさに時代が招いた一級のパンチ力を備える作品だと言えます。

 

 

 『百合百景』はpixivやツイッターで高い評判を得る百合絵師、はちこ先生がネット上で発表してきた1~2ページの単発漫画をまとめた作品集です。累計閲覧数1000万超えだという作品の数々は、「好きな人にかわいいって言われたい女の子の百合」や「二の腕とおっぱいの柔らかさが同じか確かめる百合」、「先生を押し倒したいくらいかわいいと思う女の子の百合」など、まさに百合の展覧会と呼べるほどの百発百中萌える百合のオンパレード。

  セーラー服の女子同士(例外あり)による百合シチュエーションにおいて、百合作家界でもトップクラスの幅広い想像力と強いこだわりを持つはちこ先生。その中にいるキャラクターのほとんどは、シチュエーションや相手の行動に戸惑ったりすることはあるものの「女子同士であること」に対する迷いを持つことはあまりなく、それどころか恋愛感情も下心も含め、自分の気持ちにただただ正直なキャラクターのほうが多勢を占めています。それは単行本の帯に書かれた「想い、あふれて。」というコピーが的確に表現しています。

 単発的な表現というものは必要な情報がぐっと詰め込まなければ一方、どういった部分を切り捨てるのかいうのも重要になってくるもの。はちこ先生の生み出すキャラクターが持つ「迷いの無さ」や「ある程度完成された関係」はその描きぶりの潔さ、心地よさ、安心感が伴うことでその理屈抜きの説得力を以って、余分な情報で読み手を何ひとつ惑わせることなく、ただただ気持ちよく萌えさせてくれます。かといって安易だったりすることはなく、それらが作者のとても高いレベルの表現力によって成されていることは言うまでもないでしょう。

 どこから読んでも百合の旨味を感じられる本作。目にもありがたいオールカラーの豪華さも嬉しいところです。

 

百合百景 (MFC)

百合百景 (MFC)

 

 

 

「百合展2017」最遅レポート

 

 先月の3月17日~26日にかけて池袋マルイ7F催事スペースで開催された「百合展2017」の作品展示イベント、私は26日の最終日にお邪魔しました。

 

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百合展メインビジュアル

 

「百合展」とは全国のヴィレッジヴァンガードにて業界を横断して開催される、百合をテーマにした作品のグッズなどの販売イベントや作品展示イベントなど諸々。

 昨年、池袋マルイで初開催された作品展示の際は、ワンフロアの一部分でひっそりと行われていたこのイベント、2年連続2回目の開催となった今年は前回よりも規模が拡大しており、百合の定着と市場の広がりを感じずにはいられないものとなりました。

 それを如実に示すのが参加クリエイターの増加。去年は前回から引き続きの参加になる「やがて君になる」の仲谷先生を始め、今回からの参入となる「2DK、Gペン、目覚まし時計。」の大沢やよい先生や「ななしのアステリズム」の小林キナ先生など、百合漫画界の第一線を走る漫画家陣が15名、さらに写真家3名を加えた計18名のクリエイター達の魅力的な作品が「百合展」を彩りました。

 

 

 百合厨にはもうお馴染み、新社会人達のマストアイテムに相応しいルー子さんのモバイルバッテリー他、缶バッジやスマホケース、トートバッグにTシャツなど、人気百合漫画達の実用性バッチリなグッズが販売されていました。

 男性の参加者が比較的目立つ中、もちろん女性達の姿もあり。会場には参加クリエイター達の複製原画も多数展示されており、自分の知らなかった作品の魅力も伺い知れ、新たな作品との出会いも生み出しています。私の同行者は伊藤ハチ先生の「月が綺麗ですね」に興味を持ったようです。

 

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マネキンに着せて飾ってもよしの「柚子森さん」Tシャツ

 

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「ガレット」作家陣からの描き下ろしイラストも。

 

 

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百乃モト先生の描き下ろし色紙。

 

 

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「ふたりべや」の雪子先生はじめ、豪華なスケブの展示。

 

 百合厨はもちろん、百合に詳しくない人もその魅力に触れることができるとても濃厚なイベントでした。また、漫画家達の作品のみならず、写真家の作品も百合の秘める色っぽさや儚さ、情緒を切り取った一枚が多く、こちらも目に優しい作品ばかり。

 希望をあげるとすれば次回からは映像作品を写真のみならず、ドラマや映画、アニメーションなどにも広げてもらい、さらなるジャンルの拡充を目指してもらいたいものです。

 今回は東京のみではなく大阪の梅田ロフトでも開催中。4/9までとなっているので、関西勢の百合厨は笹を食っている場合ではありません。

 先述のように前年と比べて規模を拡大したこのイベント。この勢いでどんどんスケールを広げていき、10年後の「百合展2027」は東京ドームあたりで開催されていることを望んでやみませんね。

 

 

恋も2度目なら……ハッピーエンドしか想像できない「明るい記憶喪失」

 

 

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 恋心も下心も、自分の気持ちに正直な女性が主に描かれる良質なオリジナル百合を多く発表し、ツイッターを始め、ネット上で絶大な支持を受ける百合漫画家の奥たまむし先生の新刊「明るい記憶喪失」の1巻が発売されました。

 

 

 昨年の3月に投稿されたこのツイートをきっかけに商業媒体での連載まで進み、わずか1年で単行本の刊行まで流れていった本作は、純度100%混じりっけなしの「恋愛感情」を拝むことのできるコメディタッチの良作百合。

 3年分の記憶を喪失してしまったアリサが病院で目を覚ますと、傍らにいたのは同棲中の恋人のマリ。アリサはマリとの日々を全く思い出せないものの、一目見た瞬間からマリに惚れてしまい……という本作。

「パートナーと恋をもう一度やり直す」というのは恋愛作品における定番のテーマでもありますが、本作はその中においてもかなりのイレギュラー。アリサのとにかくハイパーポジティブな性格が物語の核となっており、タイトルの通り、マリさんを愛する気持ち、恋人であるという喜びが記憶喪失の悲しみや不安を軽々と吹き飛ばし、悲壮感はほとんどゼロ。記憶がないながらもそれなりに日常や恋愛を楽しくやれてしまっているのです。

 パッと見はマリさんがアリサをリードする側に見える二人ですが、実はマリさんが心配性で不安を取り除くためにアリサにハグをしてもらったり、(アリサの記憶からは失われているものの)夜はアリサがリードする側だったりと、アリサが自分好みの下着をマリに着せたり、そもそも二人の交際自体アリサからのアプローチがきっかけだったりと、そこは常時恋愛感情が剥き出しであり、かつ底抜けに明るいアリサの性格が手伝って、全体的にはアリサが二人の関係を牽引する立場になっています。その辺のギャップも百合厨には美味しいところ。

 いざ、自分が記憶を失ったとしても、もう一度恋人と向き合ったときに、以前のような恋愛感情を抱くことができるかどうか、というのはなかなか難しい話題です。実際に恋人と話し合うにはまずもって地雷でしかないテーマかもしれません。

 そんなテーマにおいて純度100%の恋愛感情をぶつけ、受け止め、困難を困難とも思わないアリサと、それを受けとめるマリさんの関係性を描いた本作は、恋愛感情の理屈の無さを真正面から肯定する本作は、読む者を幸せの渦に巻き込む強烈なエネルギーを宿しています。「自分の恋愛感情に正直な女性(ただし百合に限る)」を描かせたら右に出る者がいない奥たまむし先生の本領がフルパワーで発揮されており、今後アリサの記憶が戻るにしても戻らないにしてもハッピーエンドしか想像できない本作の今後を期待しましょう。