百合キチ三平

百合漫画の書評やその他百合コンテンツ評、百合クリエイター評など

絶妙なキャラと関係性がヤバい設定を笑いに変える『将来的に死んでくれ』

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 ロマンス色の強いフィクションには、いわゆる奴隷モノというのか、「人身売買によって成立している関係から恋愛感情が芽生える」といった展開を持つジャンルも珍しくありません。実際にはそんなことが起こりえる可能性は低いからこそフィクションたりえるのですが、まだ売買関係すら成立していない「お金で性的に身体を買いたがる人間と、それを拒み続ける人間」というある種の暴力性を含んだ構図は多くの人に生理的な嫌悪感を示しやすく、その関係性を維持したまま気持ちのいいコメディに昇華するのは恐ろしく難しいものです。

 だとすれば別冊少年マガジンで連載されている長門知大先生の『将来的に死んでくれ』はそれに成功している稀有な例なのですが、それは難しい設定をクリアするための絶妙なキャラクターやその関係性の描写が光っているからだと言えます。

 

『将来的に死んでくれ』は長門知大先生がツイッターやpixivで掲載し話題になっていた百合漫画が商業連載になった作品。クラスメイトの刑部小槇に恋をした15歳の菱川俊は幾度となく小槇にお金を払って性交渉を求めるものの、当然ながら拒絶される日々。それでもめげることなく折に触れて万札をチラつかせては小槇に暴走した愛を貢ぎ続けようとする俊とそれをクールに受け流し続ける小槇の関係を中心にした百合コメディです。

 小槇とのデートでラブホテルの前を通り、あそこで休んでいこうと要求したり、小槇のバイト先の居酒屋でドンペリを注文しようとしたり、やっていること自体は下品なおっさんのそれである俊の行動がそのキャラクターと空回り具合で笑いを誘う本作。

 自分の欲望に忠実な俊の行動は本来なら存在自体を否定されてもおかしくないようなものなのですが、小槇は俊に呆れ尽くしながら彼女の要求を拒みはしつつも(金銭面の見返りを求めない方向で一部の要求を飲みつつも)、俊から遠ざかろうとしたりせずにむしろ友人としての関係を快く維持しようとしています。

 それは俊にとって惚れた弱みと言うか、基本的に二人の力関係は比較的小槇のほうに分があり、俊も下手なりの知略を巡らせては小槇に自分の要求を叶えさせようとするものの、その多くはお金の魔力には決して揺るがない小槇の性分と勘の良さの前に失敗に終わります。だからといって俊は本当に圧倒的な力で小槇をねじ伏せようとはせず譲歩は覚えていますし、小槇のクールさと寛容さに支えられてる部分こそあるものの、一定の領域に踏みとどまれるある種の信頼関係のようなものが二人の間で構築されており、こういった絶妙なキャラクターと関係性の描写が設定の嫌悪感を相殺して、読者に安心感を含んだ笑いと百合の楽しみを提供しているのでしょう。

 この状況から二人の関係性は将来的にはどのように転がるのか。小槇の心が俊に傾くことははたしてあるのか。それともこの暴力的な構図を鮮やかに転化したコメディな関係が続いていくのか。想像が難しいところですが今後の展開に期待です。

 

将来的に死んでくれ(1) (講談社コミックス)

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